0. 動機
まず筆者は鉄道ファンであり、主に撮り鉄・乗り鉄をしている。一昨年の夏休みに遡るが、筆者が無計画な乗り鉄をした際に、今回の話題であるつくばエクスプレスに乗る機会があった。そこで驚いたことがある。そう「スピード」だ。運転台を覗くと、120km/h台後半という(自分の感覚では)とんでもないスピードが出ていたのである。ここまで子供のような感覚で書き連ねてきたが、ここで疑問だ。「なぜここまでのスピードが出せるのか」である。今回このレポートで調査する機会を得られたので実際に真面目に調査してみた次第である。

↑TXの代表車両、TX-2000系電車
1. つくばエクスプレスとは?
正式名称は「首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス」。略称と路線記号は「TX」。これ以降はTXに表記を統一する。
東京都千代田区の秋葉原駅と茨城県つくば市のつくば駅を結ぶ路線であり、途中の守谷駅〜みらい平駅間には、直流と交流を切り替えるためのデッドセクション(付近の茨城県石岡市にある気象庁地磁気観測所での地磁気観測への影響を防ぐため・並行路線の常磐線にもある)がある。また、みどりの駅〜万博記念公園駅間には、交流同士のデッドセクション(変電所間の位相差による障害を防ぐため)がある。そのため、交直流両方に対応した車両(TX-2000系・TX-3000系)が用意されている。直流のみに対応した車両(TX-1000系)もあるが、運用区間は秋葉原駅〜守谷駅間に限定されている。
種別は、快速・区間快速・普通の3種類。平日の夕方ラッシュ時下りには通勤快速が運行されている。
2. 仮説
- 人身事故等、列車の関わる事故の心配が少ない、または無いから
- 信号設備や保安装置が高速運転に対応しているから
- 騒音対策がなされており、沿線住民への影響が少ないから
- カーブが少なく、高速運転をしても脱線の心配が無いから
- 軌間が広く、安定して走行できるから
- 車両の性能が高く、下位種別(各駅停車など)が追いつかれないようになっているから
- 駅や駅間で下位種別の列車を追い越せるようになっているから
3. 検証方法
- 実際に乗車する
- インターネットで調べる
4. 検証結果
まず仮説1。駅設備・駅間設備の両面で目視調査した。
・駅設備
このように、全ての駅にホームドアが付いていて、駅構内では乗り越えられでもしない限り線路転落による人身事故は起こり得ないことがわかった。
・駅間設備

↑掘削区間

↑高架駅(守谷駅)

↑地下駅(浅草駅)
このように、駅を含めて全ての区間が高架構造、掘削(トンネル)構造、地下区間で構成されており、完全に立体交差化されている。そのため、沿線に踏切はひとつもない。よって、踏切侵入による全ての事故についても起こり得ないと考えた。
次に、仮説2の検証。インターネットで検索した。
つくばエクスプレスには、ATC(自動列車制御装置)という保安装置が導入されていて、信号ではなく制限速度が車内で運転士に向けて表示されるようになっている。よって、高速運転をしていても速度制限を見落とす心配がないそうだ。また、このシステムは1964年の東海道新幹線開業の際に初めて導入されたそうだ。

↑ATC装置の例。この画像では65km/hを示している。
仮説3の検証。目視とインターネットで調査した。

↑軌道の中央・両サイドに撒か

↑両側にある防音壁
このように、バラスト(防音のため線路に撒く石)の散布や防音壁の設置といった騒音対策が目視で分かった。他にも、道床コンクリートと枕木の間に枕木パッド(ゴム製)や防振キャップを採用したり、ロングレール(線路の継ぎ目を溶接し、一つの長いレールにする)化をしたりという騒音・振動対策がなされていた。変電所にも防音壁が巻かれているという。
仮説4の検証。こちらも目視とインターネットで検証した。
特に北千住より先の区間だが、全体的にカーブが非常に少なく、カーブも緩い印象だった。そこで、最小カーブ半径を数値的に比較しようと考えたが、残念ながら詳しく曲線半径が載っている信憑性のあるサイトがなく、比較できなかった。
↑北千住より北の区間では直線が多く、カーブも小さく設計されている↑

↑秋葉原〜北千住間の都市部はカーブが多く、きつくなる
仮説5の検証。インターネットで調査した。
こちらは、TX、JR山手線、東武伊勢崎線、そしてTXと同じく速さに定評のある新幹線、JR京都線・神戸線(東海道本線の京都〜大阪〜神戸間の愛称)、京急本線で比較した。
TX | JR山手線 | 東武伊勢崎線 | 新幹線 | JR京都線・神戸線 | 京急本線 |
1067mm | 1067mm | 1067mm | 1435mm | 1067mm | 1435mm |
軌間 1067mm は狭軌、1435mmは標準軌と呼ばれている。
こうしてみると、TXの線路はJR山手線などと同じ狭軌であり、特別軌間が広いとは言えないことがわかる。
仮説6の検証。インターネットで検索した。
こちらは、TX各系列(TX-1000系、TX-2000系、TX-3000系)、JR東日本E235系0番台、東武50000系列、新幹線N700系(東海道新幹線内)、JR西日本223系1000番台、京急1000系の、それぞれの設計最高速度、最高運転速度、起動加速度、減速度(常用ブレーキ)、減速度(非常ブレーキ)を比較した。こちらは、Wikipedia以外に掲載されているサイトが無かったため、Wikipediaの情報を使用した。
| TX各系列 | E235系0 | 50000系 | N700系 | 223系1000 | 1000系 |
設計最高 | 130km/h | 120km/h | 120km/h | 300km/h | 130km/h | 130km/h |
最高運転 | 130km/h | 90km/h | 110km/h | 285km/h | 130km/h | 120km/h |
起動加速 | 3.0km/h/s | 3.0km/h/s | 3.3km/h/s | 2.6km/h/s | 2.5km/h/s | 3.5km/h/s |
常用減速 | 4.2km/h/s | 4.2km/h/s | 3.5km/h/s | 2.70km/h/s | 4.3km/h/s | 4.0km/h/s |
非常減速 | 4.4km/h/s | 4.5km/h/s | 4.5km/h/s | 3.64km/h/s | 5.2km/h/s | 4.5km/h/s |
こうしてみると、E235系0番台や東武50000系などの一般的な通勤用車両に比べると、設計最高速度・最高運転速度の面において優っているが、加速度・減速度の面においては、比較した車両と大きな差はないように思われた。
また(TXとは関係のない話であるが)、実際に比較している際、京急1000系をはじめとする京急電鉄の車両の性能の良さに驚かされた。
いよいよ最後、仮説7の検証。目視とインターネットで調査した。
・駅設備
八潮駅、流山おおたかの森駅、守谷駅は2面4線構造となっており、以下に提示する写真からもわかるように、下位種別(普通列車)が優等種別(快速など)を待避できる構造になっている。実際に、八潮駅で普通列車が快速の通過待ちをしたり、守谷駅で快速や区間快速の発車待ちをしたりといった光景が見られた。

↑守谷駅1・2番線。両ホームとも「つくば方面」と書いてある。

↑守谷駅の秋葉原方。この先で2番線、3番線の線路はそれぞれ1番線、4番線の線路に合流する。

↑実際に待避をする様子。4番線の快速が先に発車する。
・駅間設備
駅間でも、複々線(4本の線路。東武スカイツリーライン北越谷駅〜北千住駅間やJR西日本の東海道本線草津駅〜山陽本線西明石駅間などで見られる)設備や、信号場などの待避設備を探してみたが、該当するものは見当たらなかった。

↑駅間では複線(2本の線路)が延々と続くのみである。
5. 考察
今回の調査で分かったTXの速さの秘訣は、以下の10個。
・全駅へのホームドア配備
・全線立体交差化
→車両との事故を未然に防ぐ。
・保安装置へのATCの採用
→高速運転による信号の見落としを防ぐ。
・軌道、変電所への防音壁の設置
・軌道へのバラスト散布
・ロングレール化
・枕木パッド、防振キャップの配置
→騒音、振動の低減。
・北千住からつくば寄りにかけての緩いカーブ
→目視での確認のみになっているが、この取り組みにより、脱線の心配を減らして いると考えた。
・車両の設計最高速度の向上
→Wikipediaの情報であるが、車両性能的にも高速運転を可能にしている。
・一部駅への待避設備の設置
→優等種別を優先的に走らせることができるようになっている。
6. 感想
今回は、筆者が個人的に思いついたもののみを調査した感じだが、これだけ見てもTXは速さのためにこれほど多くのことをしているということが分かり、驚いた。また、カーブを極力減らしたり、高架に防音壁を配置したり、保安装置にATCを採用するなど、設備的には新幹線と同等であることにも驚かされた。
また、2019年に新型車両「TX-3000系」が増備されたり、将来的には8両編成化されたり、160km/hへの速度向上が検討されるなど、TXはまだまだ進化を続けていくようだ。一鉄道ファンとして今後もTXの動向を追いかけていきたい。

↑TXの最新型車両、TX-3000系
7. おまけ
「2. つくばエクスプレスとは?」で紹介した2ヶ所のデッドセクションでは、その名の通り電気が死ぬ=通らなくなるため、空調とドア上の路線図型の案内表示装置が消える。しかし、それ以外の機器類(照明やLEDまたは液晶型の車内案内表示装置など)は、蓄電池に溜めた電力を使い、動くようになっている。ただ、安全のため、デッドセクション内では運転士は惰行(アクセルもブレーキもかけない)で運転する。また、そのための標識もある。

↑デッドセクション直前の路線図式案内表示装置。

↑デッドセクション予告標

↑デッドセクション区間内。よく見ると案内ランプが消えている。

↑デッドセクション区間標識
8. 参考文献
1. ATS/ATC/ATOの違い! 鉄道の信号制御の種類を比較|たくみろぐ
【https://takumick.com/trainsignal-patterns】最終閲覧日:2022/01/16
2. 沿線の環境保全|TXの取り組み|つくばエクスプレス(TSUKUBA EXPRESS)
【https://www.mir.co.jp/feature/points/environment/protection.html】最終閲覧日:2022/01/16
3. つくばエクスプレスの概要|TXファン
【https://www.mir.co.jp/feature/about_tx/】最終閲覧日:2022/01/16
4. 鉄道の「レールの幅」会社や路線でなぜ違う?|旅・趣味 – 東洋経済オンライン
【https://toyokeizai.net/articles/-/233385】最終閲覧日:2022/01/16
5. 軌間 – U-netsurf
【http://www2.u-netsurf.ne.jp/~tetumiya/kikan.htm】最終閲覧日:2022/01/16
6. 首都圏新都市鉄道TX-1000系電車 – Wikipedia
【https://ja.wikipedia.org/wiki/首都圏新都市鉄道TX-1000系電車】最終閲覧日:2022/01/16
7. 首都圏新都市鉄道TX-2000系電車 – Wikipedia
【https://ja.wikipedia.org/wiki/首都圏新都市鉄道TX-2000系電車】最終閲覧日:2022/01/16
8. 首都圏新都市鉄道TX-3000系電車 – Wikipedia
【https://ja.wikipedia.org/wiki/首都圏新都市鉄道TX-3000系電車】最終閲覧日:2022/01/16
9. JR東日本E235系電車 – Wikipedia
【https://ja.wikipedia.org/wiki/JR東日本E235系電車】最終閲覧日:2022/01/16
10. 東武50000系電車 – Wikipedia
【https://ja.wikipedia.org/wiki/東武50000系電車】最終閲覧日:2022/01/16
11. 新幹線N700系電車 – Wikipedia
【https://ja.wikipedia.org/wiki/新幹線N700系電車】最終閲覧日:2022/01/16
12. JR西日本223系電車 – Wikipedia
【https://ja.wikipedia.org/wiki/JR西日本223系電車】最終閲覧日:2022/01/16
13. 京急1000形電車 (2代) – Wikipedia
【https://ja.wikipedia.org/wiki/京急1000形電車_(2代)】最終閲覧日:2022/01/16
14. 待避設備増強で増発へ! つくばエクスプレスダイヤ改正(2018年3月17日)
【https://www.train-times.net/article/tx20180317-html】最終閲覧日:2022/01/16
15. つくばエクスプレスTX-3000系車両
【https://www.mir.co.jp/feature/tx-3000/】最終閲覧日:2022/01/16
16. つくばエクスプレス、「8両編成化事業」に着手 – トラベルWatch
【https://travel.watch.impress.co.jp/docs/news/1188531.html】最終閲覧日:2022/01/16
17. 首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス – Wikipedia
【https://ja.m.wikipedia.org/wiki/首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス】最終閲覧日:2022/01/16
仮説2の検証結果で使用した画像(ATC装置)は参考文献1の中にあり。
上記以外の写真は全て筆者が撮影。